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映画メモ
・「カポーティ」
カポーティが殺人犯の取材をする過程が描かれているわけですが、フィリップ・シーモア・ホフマンのカポーティ演技はすごい。複雑な環境で育った経緯を踏まえた神経症的な演技なのだろうか。カポーティの実際のところの性格やなんかは知らないけど、映画ではそう感じた。
殺人犯を取材中、刑執行を延期させるため弁護士を雇ったり、反面結末を望む故に弁護士を探さず、犯人との連絡も取らないでいたりと、同情なのか共感なのかわからないが、助けようとする感情と、作品に懸ける情熱が交錯して葛藤する。監督としてはカポーティのこの困惑と葛藤を描きたかったのだろうと思う。
途中、犯行当時の様子を聞きだそうとする際の焦燥と苛立ちが滲み出すシーンは面白い。真面目でガードの固いおとなしい感じの処女とセックスするために、懸命に口説き落とし、論理的に感情的に責め立て、慰め、それでも煮え切らない態度の女に苛立ちを感じ、しかしそれを隠しながら、だが滲み出るのを完全には抑え切れない、そんな様子が感じられた。そして結局口説き落としたは良いが、思っていたほどの快感は得られず、むしろ、甘えられたり文句を言われたりするところに鬱陶しさを感じ、心は着々と離れ、しかし女は露とも知らずこちらを信じている様子に無意識の罪悪感を生じさせ、それが尚いっそう鬱陶しさを増長させるというような場面が思い浮かぶ。
同情や好奇心などから発した善意に想像以上の荷が課せられ、その重圧に困惑したということなのだろうか。