お話

彼は店のドアの前にしばらく立つくした後、恥ずかしさで赤面した。すっかり自動ドアだと思っていたのだ。辺りを見回すと一人の男がいかにも心得ているといった様子で脇をすり抜けドアを押して店に入っていったが、入っていくほんの一瞬、ちらりとこちらを見…

綱を登る寓話

「ノボレー、ノボレー」 辺りを舞う鳥が言った。 彼は一本の綱にしがみつき下を見ては怯え見上げれば慄いていた。綱は雲を突き抜け、澄みきった空色が群青から漆黒へと変わろうと何処までも延び続けている。果てしない虚無だ、と彼は一瞬思った。だが綱を登…