綱を登る寓話

「ノボレー、ノボレー」
 辺りを舞う鳥が言った。
 彼は一本の綱にしがみつき下を見ては怯え見上げれば慄いていた。綱は雲を突き抜け、澄みきった空色が群青から漆黒へと変わろうと何処までも延び続けている。果てしない虚無だ、と彼は一瞬思った。だが綱を登らなければならない。鳥も絶えずせっついてくる。


「ノボレー、ノボレー」
 まだ彼が地べたを這う事しかできずにいた頃、遥か遠く頭上から声がしたかと思うと、彼の前に突然一本の綱が現れた。急に誰かが綱を投げ下ろしたのか、はたまた彼が垂れ下げられていた綱の前にやってきたのか、あるいは常に彼の前にぶら下がっていたのだが彼にはそれまで見えなかったのか、それは定かではない。ただ、その時彼は綱の存在に気づいた。
 綱の端は地面にとぐろを巻き、中央から吸い込まれるように空へと伸びていた。
所々、ちょうどしっくりくる間隔で、思わず手を掛けたくなるような結び目のこぶが付いている。
それを眺めるうちに、彼は手を伸ばし、綱を登り始めた。