お話

彼は店のドアの前にしばらく立つくした後、恥ずかしさで赤面した。すっかり自動ドアだと思っていたのだ。辺りを見回すと一人の男がいかにも心得ているといった様子で脇をすり抜けドアを押して店に入っていったが、入っていくほんの一瞬、ちらりとこちらを見やり口元を緩めたような気がした。頭に血が上っていたのと、一瞬の出来事とで嘲笑なのかどうなのか判断のしにくいものだったが、十中八九嘲りだろうと思った。少なくとも彼は、自動ではないただのドアの前で突っ立っている人間を見たならば間違いなく心の中で冷やかす人間だった。彼は店に入らずきびすを返して商店街を先に進んだ。今時自動ドアを備えていない様な不便な店に用はないのだ。
しばらく商店街をぶらぶらし、少し先の店の前にさしかかると自動ドアがスッと開いた。彼は吸い込まれるように店に入ったが、目指す品物は無かった。店には尖ったメガネをかけた神経質そうなはげ頭の主人がいたが、絶えず客を横目に監視していた。とても落ち着いて商品を眺められる状況ではなかったが、さりとて、このまま回れ右で店を出れば主人の眼力に負けた万引き犯とも思われかねず、あるいはただこの主人に冷やかしかと思われるのも癪なので、一通り商品棚を眺め、店の中で平均的な値段の付いたとりたてて特徴のない小ぶりな壷を買って店を出た。特に彼の気に入る様な色ではなかったし、どうしても壷が必要だというわけでもなかった。
既にもう破れている雑な包装紙に包れた、というよりも包装紙のぶら下がった小ぶりな壷を抱え、夕暮れの元来た道を戻ると先程の店の前でふと足が止まった。ガラス向こうの店の奥に大好きな色の壷が陳列されていた。形も良い。ただ、値段が持ち合わせの現金の額よりも多少上回っていた。彼の手に汗がにじんできた。小脇に抱えた小ぶりな壷を危ういバランスで持ちながら彼は帰路に着いた。