『物体O』読了

物体O (1977年) (新潮文庫)

物体O (1977年) (新潮文庫)

2/15下北沢白樺書院で購入。60円。読書期間3/28〜4/4。
全十話の短篇集。1日約1話ペース。以下携帯からのメモをまとめ。

『物体O』総括

全体的に陰のある小松節。『フラフラ国〜』と『イッヒッヒ〜』は例外的に開けた未来、楽天的な希望でしめているが、それでも国内の社会批判や国際社会批判が覗いている。やはり根底にあるのは、大衆心理、無関心さや盲従に対する批判だろうか。
とにかく、社会に対する個人の行き詰まりを日本の庶民感覚で現している。

『フラフラ国始末記』

青春ものだった。大学生位の世界各国の若者達が船をジャックし「フラフラ国」を建国。船舶が領土という国家を運営する話。『僕らの七日間戦争』を思い出した。
背景に結構な貧富の差がある。主人公やら友人らやらは日本の大学生だが、中流なのか中の下なのか、その辺りなのかな。「日本の国内全体が俗悪な観光地になってしまった」からしかたなくボロ船でレジャー学習とはいってるけど。この「洋上大学」、現在の現実でいうところの某大学の船舶旅行とかピースボートみたいな感じなのかな。結構な値段するけど。作中ではその辺の陽のあたる産業で船舶数が多いからピンきりらしいが。船舶数のだぶついた世界というのも面白い。一転して、フラー号の所有者フラー君は大富豪の息子、その他フラー君の集めた友人たちは各国高官やら元首やらの子息子女という豪華ぶり。短篇を全話読み終えて思ったのだが、当時の経済的な社会不安が結構大きく出ているのかなと。

『ダブル三角』

ジェンダーを見つめた先進的な作品。ディストピアともユートピアとも言えない不思議な味わい。
社会的な男女の地位が逆転しそうになり、それを食い止めるため女性を家庭に封じ込めたは良いが、暇を持て余した主婦達は知識教養と屈強な肉体を手にし身体的に雄化、逆に男は雌化してしまったという感じ。スポーツの世界記録保持者が女性というのもまた。
ある一組の夫婦がお互い秘密のまま、妻は逞しい男へ、その夫は逆に女性らしい女へと闇医者で性転換手術をし、それぞれが清楚で可憐な少女、美しく若々しい青年と浮気をする。肝はそれぞれの浮気相手である。ややこしい
つまり、「ダブル三角」関係と。

『返還』

完全な平和が訪れた世界で、なんとも脳天気で道義心溢れるアイヌ人への北海道返還を起に、世界中へ原住民への領土返還運動が伝播していくと言う話。
アイロニックである。

『物体O』

オチやなんかはおいといて、こういう社会科学実験的な話が物凄い上手い。そこらの下手なパニックムービーやノベルなんかとは一線を画している。シミュレーションの精度が高いし、しかもスケールが大きいという。これが長編になるとミクロなディティール(庶民視点)もアップすしてすごい精度の高いものになりそう。

『先取りの時代』

日本人の勤勉さを皮肉った作品かな。流行の加速化や消費社会に対する皮肉も混じっているかも。
率直な感想は、しかし、この現代にあっては既に季節の行事ごとにたいする意識の薄れ、文化が希薄になっているので、若干ずれているともいえなくない。まあ自分に教養が無いだけなのかもしれないが、酉の市がいつなのか知らないし、七五三が何月何日ってのも出てこない。そんな僕から観れば、せこせこと忙しく先取りしている登場人物たち、作品中の日本の社会は十分立派であり、特に嘆くには当たらないと思う。というより、恐らく現代では「週二日制」を導入してもせこせこ、おろおろと、どう休んだらいいかわからないという人があまりいないのではないかと思う。自らが「余暇を拡大すればこれができる」と創造でき計画できるような国民になってきているのではないかなと。
なにはともあれ行事を忘れないようにしようと思った。

『イッヒッヒ作戦』

先進国の利権が絡んだ国際援助無し、軍事協力無しで、裸足に褌が正装であり普段着でもある部族国家が独立国家として隣国の脅威にさらされながら奮闘する話。
豊富にあるのは病気だけという設定が活かされる後半が面白い。利権怖い。田中宇さん的な陰謀論に拡大しそう。

『仁科氏の装置』

後半生を費やして壮大な火葬埋葬装置兼墓を作った男の話。人生とはこういうものだ、なのだろうか。

『骨』

オチは薄々気づいていたが、小松さんのことだからもう一ひねりあるのかなと思ったら無かった。結構ストレートな幻想SF。
この短編と前2,3本の話が生と死についてだったり、人類の業のようなものを描いていたりと、小松左京の生死観、思想哲学的な部分がダイレクトに表現されていて刺激を受ける。
この『骨』は、一人の人間が体験するマクロな歴史という感じだろうか。あるいはマクロな世界史を通じて見える一人の具体的な人間とか。割と抽象的な人が描かれているんだけど、それでも最終的に個性が見えてきて面白い。

『墓標かえりぬ』

典型的なSFで面白い。オチでタイトルの意味がわかる。
科学的な考察よりは、便宜的に列車や地震によって事件の現象が発生したのだとして、即物的に患者の状態を処理する辺り、医者という設定が活かされていると思う。
ただ、最後の裏返った「文字」や「頭蓋骨」のところがいまいち想像できない。墓標は右側が垂直ないし水平方向を軸に反転した文字なのか、それとも文字が反転したのではなく、凹凸が反転しているのだろうか?「裏返し」という表現だから後者なのかな。それなら頭蓋骨のほうも納得いくけど。そうすると墓標の文字が浮き彫りって、変ですよね。

『あれ』

虚無の果てという感じ。高度成長期の話なので、環境、世代、経済、社会心理等々、中年サラリーマンの目を通して日本の社会全体を覆う行き詰まり感のようなものを「アレ」という醜悪で不定形な何かで現している。あるいは単に中年サラリーマンの鬱状態をSFで表現するとこうなるのか。それはそれで面白い。