『複製芸術論』メモ

2008-05-13
これを読んで思ったこと。

ちょうど今読んでいる『複製芸術論』の"読者の問題"という章にこんな一説があったのでメモ。

パパゴ・インディアンの話ですがね、一堂にみんなを集めて、村の長老がそこで世界創造の秘密、部族の歴史をはなすんです。〜中略〜おそろしくのろいテンポでゆっくりしゃべる〜中略〜みんなに理解できるようにね。一節しゃべると、そこで立ちどまる〜中略〜聞き手の若い連中がそれを復唱する〜中略〜長老は先をしゃべるわけですね。次の節に移るんです。また復唱する。興がのると、ときには歌になる。そういうふうにして語りつがれていく、部族の伝説がね。

どうもこの辺と例の「行為系」のニコ厨たちの行動は似ている。と、ふと思った。
対話をしながらの創作というか、聞き手、読み手の反応を受けて語り手、著者がその作品の成形を進めていく。
"読者の問題"ではその受けての変化、対面式→黙読、という点を中心に語られている。
ニコニコではどうかと考えると、身体的な身振りや匂い以外は少ないタイムラグで伝わる。
確かに複製芸術なんだけども、しかしその複製に出会い、(コメントを作品の一部と考えるなら)創作に立ち会うには特定の場に行かなければならない。
どちらかと言うと、詩の朗読会に近いのではないかと思う。やたらとやかましいけれども。


が、なんか違うような気もする。

複製芸術論 (講談社学術文庫 (691))

複製芸術論 (講談社学術文庫 (691))