『ロシア・ファンタスチカ(SF)の旅』読了。

ロシア・ファンタスチカ(SF)の旅 (ユーラシア・ブックレット)

ロシア・ファンタスチカ(SF)の旅 (ユーラシア・ブックレット)

今年の夏、bunkamuraザ・ミュージアムで開催されたロシア・アヴァンギャルド展の帰りに買ったもの。読んでからだいぶ経ってるけどまとめてみる。
ユーラシア・ブックレット」というマニアックな冊子のVol.90。
ロシアのSF事情、概略について解説している。薄い小冊子で600円は高いなと思ったが、その薄さとは裏腹に濃密な内容。表紙裏にある「日本語で読める本書関連のSF作品一覧」だけでも既に100円分くらいの価値があると見ていい。しょっぱなにゴーゴリの『外套・鼻』『狂人日記』があって、初めは「?」と思ったが、読み進めるうちに納得。19世紀の巨匠たちの表現方法が脈々と現代ロシア・ファンタスチカに受け継がれている事がわかる。

―目次―
はじめに
第1章 SFと「ファンタスチカ」
第2章 再発見された作家たち
第3章 ストルガツキー兄弟の世界
第4章 現代の作家たち
第5章 ロシア・ファンタスチカをめぐる人々
おわりに

ロシアSFの歴史を追う第1章で、ロシアがSFの宝庫であるという当たり前のことに気づかされる。SFが何を志向しているかというと、その名の通り科学である。wikipediaから引用すれば、

サイエンス・フィクション(Science Fiction、略語SF)は、科学的な空想にもとづいたフィクションの総称。

サイエンス・フィクション - Wikipedia

ということになる。SF小説では実に空想的なテクノロジー(タイムマシンや宇宙船、光線銃)や奇抜な状況(過去や未来、宇宙を旅したり)等、様々なアイデアが描かれている。他方、当時のロシア、ソ連では何が起こっていたか。そう、共産主義であり革命である。ユートピアを目指した技術革新、これほどまでにSF的な世界はないだろう。また、オーウェルやらバージェス、ハックスリーなどなど社会科学的なSFに描かれている世界観は共産圏や独裁国家などを想定している。つまり、SFに描かれているような世界であり、事実彼らは国をあげてSF的な世界を目指していた。そりゃいい感じのSFが生まれますよ。

さて、この本ではロシアSFの歴史を以下のように分類している。

  1. 帝政ロシア期の先駆的時代
    主にユートピア文学。このころから科学技術の発展を元にした未来予測のユートピアを描いている。ウラジミール・オドエフスキー『四三三八年』、ニコライ・チェルヌィシェフスキー『なにをなすべきか』が代表的であり先駆である。後者は社会主義思想と強く結びついており、レーニンやら後の革命家たちに大きな思想的影響を与えている。以降、ロシア革命以前までのSFはチェルヌィシェフスキーの『なにをなすべきか』に対するリアクションとして存在している。ただ、このときドストエフスキーは『なにをなすべきか』の合理主義への反発を『地下室の手記』で書いている。
    また、19世紀後半になると、ヴェルヌやらウェルズ等の冒険ものの要素も国外から輸入され始める。アレクセイ・トルストイの『アエリータ』などはこの影響が濃いらしい。
  2. 1917年のロシア革命から1920年代のネップ期の高揚時代
    「第一の波」と呼ばれる。ロシア革命によって出てきたユートピアに対する羨望の気分が多くのSFを誕生させる。ロシア・アヴァンギャルドなんかもこの辺りに入るのだろうか。そしてこのころにザミャーチンの『われら』が誕生する。またブルガーコフの一連の作品など反ユートピア的な作品も生まれる。
  3. 1930年代以降のスターリン時代の低迷の時代
    五ヵ年計画の遂行によってユートピアを達成したということになり、遠い未来の予測は不必要、近い将来の目標を掲げよ、ということで、つまり社会主義リアリズム的でないものは粛清されることになる。よってSFは大きく衰退。一部、辺境、極地探検ものや帝国主義列強との戦争シュミレーション的な題材に行かざるを得なくなる。
    こうした中で出てきた未来描写もなく、物語的な起伏も乏しい特異な作品群を「第二の波」という。
    ただ、この時代、ジュヴナイル的な作品であれば多少の創造性が許されていたらしく、児童文学の中ではベリャーエフのSF作品が出ていた。このあたり、芸術家イリヤ・カバコフも同様なことを行っていた。彼も児童文学の挿絵や絵本で比較的幻想的で自由な発想の絵を描いたりしていた。
  4. 「雪どけ」以降1960年代の中興の時代
    スターリンの死後、「近い目標論」を打破しようと生み出されたエフレーモフの『アンドロメダ星雲』が大ヒットし、以降触発された作家たちが続々とSFを書く「第三の波」がおこる。しかし、規制は一旦緩まるものの、ソ連の情勢により再び統制が厳しくなる。
    このような情勢の中、ストルガツキー兄弟は次第に作品を発表していく。
  5. 1970年代からペレストロイカが始まるまでの雌伏の時代
    文学官僚による統制によってSFがなかなか出版にまでこぎつけられない状態が起こる。しかし、出版はされずとも原稿は書き続けられていた時代。若いSF作家たちのためにセミナーを開いていたボリス・ストルガツキーの言葉「作品を書いていると言ってはだめだ、作品を書き上げたと答えろ」。
  6. 1980年代後半以降の新しい作家の時代
    依然楽に出版されるという状況ではなかったが、ストルガツキーセミナー出身やら、その他のセミナーからも多くの若手が輩出される。「第四の波」。年鑑アンソロジーなどに載せる機会のほうが多かったため、彼らは中短編を得意とした。そしてソ連崩壊後、既存の出版システムは崩壊し出版事業が壊滅状態だったが、ファンらが自ら出版社を作り優れた作家の作品を世に送り出した。
    この辺りでSFという意味のロシア語、ナウーチナヤ・ファンタスチカ(科学的な幻想物語)からナウーチナヤが抜け、単にファンタスチカと呼ばれるようになる。ロシアにとって科学的というのはつまり「社会主義的な目標達成の為の科学」を意味するからなのだろう。

個人的にチェックすべき小説

この辺りは全部邦訳出てるはず。

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