はるか高みについて

ディックの短編集『模造記憶』に収録の《この卑しい地上に》で、高い次元へと行ったシルヴィアが低い次元(人間の世界)へ戻りたいと思い、リックと戻り方について、あちら側とこちら側の関係や移動の原理について話している時に出た言葉、

「〜〜遠い昔、あなたの世界にはじめて原型がおかれたとき、あの御方がそうされたように」
「一度それができたのなら、二度目もできるはずだ」
「それをやってのけた存在は、もう去ってしまったわ。どんどん上のほうに」シルヴィアの声に、悲しげな皮肉がこもった。「ここよりも高次の世界があるのよ。梯子はここでおしまいじゃない。梯子の終点はだれも知らない。どこまでも上にのびてるみたい。世界また世界が」

-p91

を読んで、同時に読んでいた、『ウィーン世紀末文学選』中のへヴェジー「地獄のジュール・ヴェルヌ 天国のジュール・ヴェルヌ」にも同じようなものが出てきたのを思い出した。

「もっと上の次元があるのですか?」
小生は叫んだ。
「というと、どのくらい?」
「およその目分量で言うのだが――」
ネモ船長が言った。
「自分の現在の能力でいうと、七二四次元が限界だね」
小生はヘナヘナとくずおれた。
〜〜中略〜〜
アトラス船長が言葉をつづけた。
「三〇〇三次元以上の何かだと思うね。それまでのものなら大体の見当はつけられる。その範囲なら全部わかる」

-p119

この、上には上がいるというか、人間を創った神が最高位であった場合、《天上界》《高次元》へと到達しても、さらにそこから神のいる次元なり世界なりへははるかな世界なり次元なりが存在して果てしないし、また、人間を創った神が特に特別上等な存在であるというものでもなく、さらにその上に、はるか彼方もっと高次の存在があるというような果てしなさ。他にも探せばたくさん出てくるだろう。探す。

いずれにしても、日常的な、地球的な、習慣的な概念にとらわれているところに開示される、井の中の蛙大海を知らず。