もうすぐ春だからか

引越した先は広いオフィスやらが入った倉庫のようなビルで、適当なオフィスの一角に僕の家財道具一切がなかなかの余裕を持って配置された。なぜオフィスになど住むことになったかというと、昔住んでいた実家の自分の部屋に帰るつもりだったのが、その部屋に溢れていた荷物の整理が間に合わず、引っ越す事ができなかった為だ。
たとえオフィスだろうと、ましてや日々営業して人の出入りがある事務所の一角であろうと、広いことはいいことで実際僕は大変満足していた。ただ、その満足感は母親によって粉々に打ち砕かれる。
着実に実家の僕が移り住む部屋の片づけを済ました母は、勝手にオフィスから僕の家財道具を運ぶ手配をしたらしく、いつの間にか大半のものがなくなった状態で僕の実家の部屋はレイアウトされ設置完了という状態だった。僕に一言の相談もなく。
勝手なことをした母に対し文句を言ってもなしのつぶてで、母は万事順調といったふうに掃除機で床を撫でていた。
怒りの収まらない僕は家を出てアールデコ的な未来雰囲気が漂うショッピングモールへと出かけ、中庭のような公園の池端を何度かぐるぐるまわる。まわっているうちに使命のようなものを帯びたのだろうか、僕は蛇だか亀だかとにかく爬虫類を探しているような、もしくは既に手にしてそれを池に投げ込もうかという時に、突然脇にいてその爬虫類の行く末を案じていた名前のない友人が危険を察知して逃げ出した。見ると向こうから見たこともない小型で凶暴そうなゴリラが走ってくる。
僕は何度かフェイントを入れてゴリラの脇をすり抜けると池の一端にある滝の方へ駆け出した。滝の上の崖には松の木のように曲がりくねった木が何本か生えており、百日紅のように滑々した樹皮だった。そこへ僕と同じようにゴリラから逃げ惑う盗賊の一味が次々と押し寄せ、木にのぼり崖を渡り滝の下へと移動していく。僕もそれに習い、落下するように、というか落下した。
落下した後しばらく歩き続け、ハードボイルド的な倦怠を感じた僕は薄暗い安ホテルのようでいて、江戸時代から続くような旅籠の赴きも感じるアパートの一室に転がり込んだ。誰もいないが、しかしそれがフラれた女の部屋であるのがわかる。匂いで。
なんとなくハードボイルドなので、追われているような気もするし匿ってくれるだろうと期待しつつ勝手にテレビをつけ冷蔵庫から飲み物を出しソファでくつろぐ。色々と思い出のある彼女のソファである。
するといつの間にか彼女は僕の隣で酒を口に含み、それを僕の口へ。そのまま二人は倒れこむ。とても安らぐいい雰囲気だが、すぐに漫画のようなもやもやが頭の上に湧いてくる。あの男とはどうなったのか。これはただの浮気か、もう別れたのか、あるいはこれはその男に対するただの反抗心か。僕のことをどう思っているのか。聞く事はできない。今の僕はそういう男ではないらしい。ハードボイルドだ。
ひとしきり戯れた後彼女は買い物に出かけ、また一人部屋に残される。いつまで経っても夕方で薄暗い。恐らく最後にあった良い思い出もこれぐらいの時間だったろう。
夕日を半身に受けたハードボイルド的なコントラストで窓辺に佇んでいると、いつの間にかアメリカンなパーティーが開催されていて、なぜかいづれアメリカの高校生であり、さらにサイダーしか勧めてこず、とてもうるさい。雰囲気ぶち壊しだと思い、隣の部屋に移動すると彼女がいた。今度はなぜか僕のベッドで二人横たわり、何事かなつかしい感じがこみ上げる会話をしているが、二人が何を話しているのかはわからない。
唐突に彼女はいなくなり、僕はまた窓辺に座り、今度は彼女がアパートの下の通りを歩いているのを眺める。すると不意に人の気配がし、振り向くとアパートの管理人のおばちゃんが立っていて、あんたは誰だと問い詰められる。敵だ。しかしここで痛めつけては彼女の生活に支障が出るだろうと、考え適当な言い訳を考える。
「となりの部屋の引越しの手伝いにきたんですよ。そのついでにこの部屋にベッドを届けて、次にはあの向こうのアパートに越してくる学生の手伝いです。この時期引越しシーズンですから、よく手伝いをしています。人々の人生を具間見るのはとても有意義です」
なぜか管理人のおばちゃんは納得し、味噌汁をすすめてくる。


こうして目が覚めた。